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雑学

どれが真の聖典か?カトリックとプロテスタントとのいざこざ

聖書正典論

聖書の権威論について、教会会議の指針によって神の霊感によって書かれたと認識された文書群であり、ユダヤ教、正教会、カトリック教会、プロテスタント、自由主義神学の高度な評価にはそれぞれの相違が存在します。

カトリック教会の聖書権威論は、最終的に確定された聖書正典に焦点を当てるものと、「正典の形成過程」に批判的に注目するものの両方があります。また、カトリック教会では聖書の正典が記された目録も「カノン」と呼ばれます。

聖書の書籍数について、ユダヤ教ではヘブライ語聖書(一部アラム語)が正典であり、キリスト教では旧約聖書と新約聖書が正典とされます。

エチオピア正教会は旧約54書、新約27書、合計81冊を正典としました。一方、ロシア正教会は77冊を指定し、他に4冊を追加しましたが、エチオピア正教会は聖書の数え方を変更して77冊であると主張しています。ロシア正教会聖シノドは旧約50書、新約27書、合計77冊を正典としました。一方、トリエント公会議は旧約46書、新約27書、合計73冊を正典としましたが、プロテスタントは旧約39冊、新約27冊の66冊です。宗教改革時代には、カトリック教会とプロテスタント教会の間で正典の範囲について議論がありましたが、両者ともに聖書が絶対的な権威を持つという点には異論はありませんでした。

聖書正典の範囲については、時代を問わず異論を唱える者が存在します。

旧約聖書は、ユダヤ教では旧約聖書と呼ばれず、タナハやヘブライ語聖書と呼ばれます。また、ユダヤ教では2または3の区分があり、その区分に関しては複数の説が唱えられてきました。

聖書の正典化は段階的に行われ、文書仮説や高等批評によって認められています。聖書の信仰に基づく教会では、著者の身分による区分も受け入れられていますが、この説については議論があります。

正典と外典に関して、トリエント公会議はラテン語のヴルガータに含まれるものを聖書正典として確認しました。一方で、カトリック教会はプロテスタントが除外した「第二正典」を巡って議論しています。ウェストミンスター信仰告白などの歴史的なプロテスタントの信仰告白は、聖書を66冊としていますが、現代のエキュメニカル運動によって「新共同訳」が第二正典を含む二種類の巻数で出版されました。

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新約聖書には27冊の書物が含まれています。その中で、パウロが書いた手紙が13通あり、そのうち9通は7つの教会(ローマ、コリント、ガラテヤ、エペソ、ピリピ、コロサイ、テサロニケ)宛てであり、残りの4通は個人(テモテ、テトス、ピレモン)宛てです。

手紙は、通常、具体的で個別的な内容を受取人に伝えるためのものであり、パウロがピレモンに送った手紙も同様です。

逃亡奴隷オネシモについて、パウロは獄中から友人であるピレモンに手紙を送りました。「キリスト・イエスの囚人であるパウロ」が、「私たちの愛する同労者ピレモン」に書いた手紙です。オネシモは何らかの理由で主人であるピレモンのもとから逃げたとされます。パウロの周囲の者がオネシモを連れてきて、彼がパウロのもとでキリストを信じて救われたことを伝えました。パウロはオネシモを主人のもとに送り返す意向です。

パウロはピレモンに対し、逃亡奴隷であったオネシモを許し受け入れるように求めています。そして、オネシモが逃亡したことでピレモンが被った損害についてはパウロが補償することを約束しています。この手紙は自筆で書かれたものであり、その証拠として強調されています。

この手紙は、わずか25節で簡潔にまとめられています。その目的は明確であり、ピレモンに対するパウロの要望は単純明快です。この手紙が現代においてどのような意味を持つか、もしピレモンがこれを読み理解し、処理したりしまったりしていたら、新約聖書の一部として私たちはこれを読むことがなかったかもしれません。

ピレモンへの手紙は、キリスト者の境遇とオネシモの境遇との類似点を通じて福音の理解につながることを示唆しています。

新約聖書は、多くの手紙や文書が集まって成立したものです。各書の執筆者は、他の執筆者の計画や意図を知ることなく執筆しました。そして、後にこれらが集められて新約聖書が形成されました。

キリスト教会は、最終的にカルタゴ会議で新約聖書27冊を正典として認定しましたが、これは長い過程を経ての決定でありました。

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